公園の草木

公園の草木の観察記録を書いています。

養老渓谷 紅葉紀行 4

1215日(火)
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統合されてなくなった加茂中学校里見校:移築されている

 昭和42年(1967年)、里見校舎は5つの校舎と同時に里見駅近くの加茂中学校新校舎へ統合された。
 里見校舎は飯給から20分ぐらい離れた徳氏の高台にあった。道を隔てて里見小学校があった。


 飯給駅を過ぎると、気動車の上る斜面はますます厳しく成って来た。トンネルを抜け月崎駅に着く。駅の前に道が見える。この道は久留里、木更津へとつながっている。この道を進んだところに月崎小学校があった。40年も前のことだから、今はどうなっているだろうか。伝えによると、加茂地区の小学校はすべてが統合され、加茂学園として出発したという。廃校になって仕舞ったのだろうか。小さな木造校舎が懐かしい。
 気動車は上総大久保へ向かっている。窪地に入ったかと思うと、崖の際を走る。勾配もきつくなってくる。視野が開けると、遠くに紅葉の景色が広がっている。それが途切れると、崖の谷間に入る。それが繰り返される。上総大久保へ着いた。目の前に白鳥小学校と書かれた大きな標識が見える。標識は新しいようだが、ここも廃校になり、標識だけになってしまったのだろうか。過疎になったからと学校が無くなることは寂しいことである。上総大久保駅につくと、沢山の人が降り出した。皆、ハイキングの服装とは少し違っている。どこへ行くのだろうか。健脚者向けの大福山ハイキングコースがあるというので、そちらの紅葉を見に行くのかもしれない。
 気動車は大分上ってきたようだ。視野が開け、遠くが見えるようになった。間もなく、養老渓谷の駅に着く。周りに畑が見える。車窓を眺めていると、「次は養老渓谷、この気動車上総中野行です」のアナウンスがあった。このアナウンスを聞き、自分の乗っている気動車養老渓谷の先まで行くことを初めて知った。乗った小湊鉄道はすべてが養老渓谷駅行きとばかり思っていた。乗り過ごすことはないと思うが、万が一を考えて降りる準備をした。周りを見るとみんなそわそわし出している。気持ちはみんな同じなのかもしれない。
 気動車養老渓谷駅に着いた。ここまでが長く感じた。無事着けるか、気動車養老渓谷駅に着くまで気になっていた。やっと、安心できた。後は歩いていくので、次に乗るバスが動いているかが気になるだけになった。養老渓谷駅の駅前に出店があった。

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出店


撮影:12月4日

養老渓谷 紅葉紀行 5 へつづく

 
 記  平成27124日(金)